想像するということ。
なんか、マビがあんまり良くない話題でテレビに出てましたね。
会社の決済システムに進入してお金をだまし取った詐欺罪だってことでしたが、
捕まったのは高校生で罪の意識はない。って言っているそうです。
ニュースでは、罪の意識がないという事について
驚愕してる風に言ってたけど、
私は、『今』って時代を表す象徴的なコメントだと思った。
やった子は、 カーソル合わせてバックスペースを何度か押して、
テンキー打ったっていう感覚なんじゃないかな、 って思う。
それが、企業に忍び込んで
金庫を壊してお金を詰めて逃走するっていう事とイコールで繋がらない。
それは全くもって想像力に欠けているし、
世の中の仕組みとかお金がどうやって世の中を回っているかってことを
ちゃんと考えられないと、 自分がやったことを認識することができないと思うんだよね。
だけど、そもそも自分が
『お金を盗む』イメージってどうして持ってるか、って事を考えると、
お金を盗むって犯罪がありました~ってニュースをみたり、
ドラマや本や映画なんかでそんなシーンをみたり、
そういうものを併せて自分としての認識やイメージが出来ているワケですよ。
多くのヒトは自分でやった経験はないハズだから(笑)、似たような感じだと思うんだけど。
でも、今の子、これからの子は、『そういうものを併せる』っていう作業が
出来なくなっちゃう子が増えてしまうかもしれない。
いろいろなものに出会った時に、
見て、感じて、自分の中で整理、変換して経験として蓄積するじゃない?
それで何か新しい事に出会った時に、あのときのあの経験が使えるんじゃないか、とか、
あの時のあれとも似てるから、出来るかもしれない、とか、そういう展望を立てる。
そういうことが想像力だと思うのね。
今は、想像力たくましいヒトたちだけがどんんどん想像したものを、
何気なく、みんなに共通の認識として植え付けてしまった結果で
出来てるみたいなところがあって…
たとえばマニュアルは、工夫をしなくても
ある程度みんなが同じようになんでもできる
とても便利で効率的なものだけど、
使うヒトは書いてある事をその通りにできれば、ある程度のことは出来ちゃう。
だけど、マニュアルを作ったヒトは
凄く仕事の事を考えて、流れを考えて
みんなにわかりやすく伝えるように考えて作ってるよね。きっと。
って事は、そこでもう、マニュアルを作るヒトと使うヒトでは、
想像力の格差が生まれちゃってるってことかもしれない。
あそびだってそう。
ごっこ遊びから始まって、本を読んだり、絵を描いたり、
小さな時にするようなアナログな遊びってある程度想像力を養うようなものが多かった。
でも、今は本も挿絵が動くし、ゲームなんか想像する余地を全く与えなくなってしまったものも多いよね。
技術がとても向上したからさ、
想像することが大好きっていうおとなたちが、
すごく楽しくなってしまって頑張っちゃった 。
その結果、キャラクターは最初から顔かたちもしっかり決まっていて
声も実物があって映画さながらに動いて、
すごく素敵になった。
でも、遊びながらこのヒトは多分こんな感じなのかな~とか、
この場面はきっとこんな風だったんじゃないかな~とか、
そういうことを楽しむ機会はとっても減っちゃったよね。
それが悪いことっていう訳ではなくて、
怖いのはそれに気づかないひとが多いこと。
何の気なしに身に付いていたことが
そうじゃなくなっているってことは、
わざわざ教えて身に付くようにしてあげないと、身に付かないってこと。
それを知らない大人が多すぎるような気がするのはキノセイかな~。
便利になってよかった~なんて、
何も考えないでうっかりオール家電のお家なんかに住んでしまったら、
そのお家で生まれたりする子はリアルな火の存在を知らずに大きくなるんだよね。
周りの大人たちがそれに気がつかないということは、
一見、すごく小さなことなんだけど、
とっても怖くて深いことなんじゃないかな、なんて考えてしまいます。
会社の決済システムに進入してお金をだまし取った詐欺罪だってことでしたが、
捕まったのは高校生で罪の意識はない。って言っているそうです。
ニュースでは、罪の意識がないという事について
驚愕してる風に言ってたけど、
私は、『今』って時代を表す象徴的なコメントだと思った。
やった子は、 カーソル合わせてバックスペースを何度か押して、
テンキー打ったっていう感覚なんじゃないかな、 って思う。
それが、企業に忍び込んで
金庫を壊してお金を詰めて逃走するっていう事とイコールで繋がらない。
それは全くもって想像力に欠けているし、
世の中の仕組みとかお金がどうやって世の中を回っているかってことを
ちゃんと考えられないと、 自分がやったことを認識することができないと思うんだよね。
だけど、そもそも自分が
『お金を盗む』イメージってどうして持ってるか、って事を考えると、
お金を盗むって犯罪がありました~ってニュースをみたり、
ドラマや本や映画なんかでそんなシーンをみたり、
そういうものを併せて自分としての認識やイメージが出来ているワケですよ。
多くのヒトは自分でやった経験はないハズだから(笑)、似たような感じだと思うんだけど。
でも、今の子、これからの子は、『そういうものを併せる』っていう作業が
出来なくなっちゃう子が増えてしまうかもしれない。
いろいろなものに出会った時に、
見て、感じて、自分の中で整理、変換して経験として蓄積するじゃない?
それで何か新しい事に出会った時に、あのときのあの経験が使えるんじゃないか、とか、
あの時のあれとも似てるから、出来るかもしれない、とか、そういう展望を立てる。
そういうことが想像力だと思うのね。
今は、想像力たくましいヒトたちだけがどんんどん想像したものを、
何気なく、みんなに共通の認識として植え付けてしまった結果で
出来てるみたいなところがあって…
たとえばマニュアルは、工夫をしなくても
ある程度みんなが同じようになんでもできる
とても便利で効率的なものだけど、
使うヒトは書いてある事をその通りにできれば、ある程度のことは出来ちゃう。
だけど、マニュアルを作ったヒトは
凄く仕事の事を考えて、流れを考えて
みんなにわかりやすく伝えるように考えて作ってるよね。きっと。
って事は、そこでもう、マニュアルを作るヒトと使うヒトでは、
想像力の格差が生まれちゃってるってことかもしれない。
あそびだってそう。
ごっこ遊びから始まって、本を読んだり、絵を描いたり、
小さな時にするようなアナログな遊びってある程度想像力を養うようなものが多かった。
でも、今は本も挿絵が動くし、ゲームなんか想像する余地を全く与えなくなってしまったものも多いよね。
技術がとても向上したからさ、
想像することが大好きっていうおとなたちが、
すごく楽しくなってしまって頑張っちゃった 。
その結果、キャラクターは最初から顔かたちもしっかり決まっていて
声も実物があって映画さながらに動いて、
すごく素敵になった。
でも、遊びながらこのヒトは多分こんな感じなのかな~とか、
この場面はきっとこんな風だったんじゃないかな~とか、
そういうことを楽しむ機会はとっても減っちゃったよね。
それが悪いことっていう訳ではなくて、
怖いのはそれに気づかないひとが多いこと。
何の気なしに身に付いていたことが
そうじゃなくなっているってことは、
わざわざ教えて身に付くようにしてあげないと、身に付かないってこと。
それを知らない大人が多すぎるような気がするのはキノセイかな~。
便利になってよかった~なんて、
何も考えないでうっかりオール家電のお家なんかに住んでしまったら、
そのお家で生まれたりする子はリアルな火の存在を知らずに大きくなるんだよね。
周りの大人たちがそれに気がつかないということは、
一見、すごく小さなことなんだけど、
とっても怖くて深いことなんじゃないかな、なんて考えてしまいます。